Dam~Diary of alumni's memory~

筑波大学同窓交流研究会Damによるブログです。

アルつく第5回~現代に生きる竹かご職人、橋本さん~

Damの古畑です!

今回はアルつく5人目のゲスト、竹かご作家の橋本さんについての記事です。

まずは簡単な紹介から

橋本千菜美(はしもとちなみ)さん

つくば歴:8年

2015年 芸術専門学群美術科彫塑コース 卒業

出身:京都府

 

当日は橋本さんの思い出の場所、芸術系工房棟ループ側の原っぱで収録しました。

完全な屋外で、石がゴロゴロしているこの場所は橋本さんが学生時代石を掘っていた石彫コートのすぐ前にあり、原っぱの中で石を掘るのが好きだったとのこと。

ある日、いつものようにここで製作に取り組んでいた時、10分位コーヒーを淹れに行ったところ、携帯や財布の入ったカバンが失くなっていた、、、!

そんな「思い出の場所兼事件現場」から声をお届けしました。

 

どうして京都からつくばへ?

とお決まりの質問をぶつけたところ、彫刻が出来る大学を探しており、筑波大学の彫刻コースが自分のやりたいことにあっていた、また「茨城なんて、こういうきっかけが無いとこの先訪れないだろう」という好奇心も相まって筑波大学へ進学したそうです。

 

演劇の脚本を書くことはお手の物なパーソナリティのおさべにとっても、なんだか芸専の人たちは不思議な世界。芸術って敷居が高そうだな~とどうしても思ってしまいがちですが、

橋本さん「幼稚園の頃泥団子作ったり塗り絵作ったり皆したと思うんですけど、そういうことの延長線ですね。大学で勉強するとなるとなかなかハイレベルなイメージもあると思いますが、実際は料理して味見するの楽しい、盛り付けが楽しい、と思うのと同じで、ただ切って楽しい、とかシンプルな楽しいことを続けている世界なので一歩入ってみるとすごく楽しい世界だと思います!」

おさべ「せんすおぶわんだーって感じですね…」

橋本さん「見ているものがシンプルな人たちなので、芸専の人たちは些細なことで楽しめちゃう人たちなのかもしれません。変だな~と思われる人もいるかもしれないですけど(笑)」

 

学生時代も芸専っぽさを遺憾なく発揮し、たくさん面白い遊びをしたという橋本さん。2㍑ペットボトルで作ったいかだで松美池を横断したり、友人の誕生日にその人のポスターやポケットティッシュを本人に内緒で作ってお店で配ったり、最終的に橋本さんが作った本人の石膏像をみんなでデッサンしながらその友人を迎える、というパーティを開いたり、、、

スケールが違いすぎてただ驚きました。芸術家が本気で遊ぶと本当に面白いです。

彫刻→竹かご作家の世界へ

さて、学生時代彫刻に勤しんでいた橋本さん。現在は竹かご作家として竹かごやざるを作り、展示販売をしたりギャラリーやカフェでワークショップをするほか、副業として北条のカフェ店員土浦の農園で働く、など様々なお仕事をされています。

好奇心が強く、自分がやってみないと分からないのでとりあえずやってみている!と橋本さん。作品作りと同様、

「興味があるものをよく観察したり体験したりして自分で消化して、じゃあ自分はどうするか考えることで自分の個性が出たり、自分が作りたいものが見えたりする。それはただアートの世界だけじゃなくて、生きていく上ですごく大切なことだと思います。」(橋本さん)

一見、彫刻竹かごと聞いてもなかなか結びつかないものですが、橋本さん曰く

自然の素材を自分の手で触って形を作る、という点で彫刻と竹かご作りはすごく近くて、また自分が作ったものを人にプレゼントしたり人が使えたり出来ると、人の暮らしの中にすっと入り込めるような気がして、もっと広がりがあるという点で竹はすごく可能性のある素材」

というのも、毎年毎年大量に生えてくる竹は「取ったほうが良い」素材であり、昔はプラスチックの代わりになんにでも竹が使われていた。ザルにもかごにも、オブジェにもなる竹という素材との出会いは橋本さんにとってすごくしっくり来たそうです。

 

大学卒業後は自分が作りたいものや興味があるものを最優先にして、そこから出来ることを仕事にしたいと思い、焦る気持ちは当初はあったものの、就職はしなかったそうです。

当時興味があった「食べ物がどういう風に出来ているのか」を知るために農園に行ってお仕事をさせてもらったり鴨肉を捌いて出荷したり、ということもしていたそうです。

「自分の興味があることをやってみて、自分ができることややりたいことが人に対してどう影響を与えられるかがわかった。仕事を探すんじゃなくて自分の中から作れたら良いな、と思っていた。そうすることで濃い経験ができるので、すごく充実した毎日が送られています。」(橋本さん)

 

竹細工職人として生きる

実は現在「弟子入り」という制度はやりたくても出来るところはほとんどないそうです。というのも竹細工職人も日本に決して多くいるわけではなく、残っている職人もほとんどが80代、90代と高齢。加えてプラスチックやステンレスが溢れる現代、竹細工に対する需要もそれほど高くない。こうした背景で、職人さんは弟子を取る余裕がほとんどないため、「弟子入り」ではなく、紹介された職人さんのもとへ教わりに行くという形をとったとのこと。

 

おさべ「単純な疑問なんですけど、竹ってそんな簡単に手に入るんですか?

橋本さん簡単に手に入ります!東北地方以外ならマダケは日本中どこでも手に入るんです。しかし、(茨城とはいえ)勝手に他人の竹やぶの竹を取っていると怒られてしまうので、持ち主の方にお願いして許可をもらったところから自分で取りに行っています。

竹と言っても何でも良い、というわけではなくて、3~4年ものじゃないといけません。あんまり若いとやわらかすぎるし、5年以上経つと逆に硬い。あとは虫食いがないかとか…。そういうことを踏まえると、何百本あっても見つかるのは20~30本くらいなので色んな竹やぶの持ち主の方と繋がってあっちこっちに行っては材料にしています。」

 

おさべ「これは良い竹だな、って見て分かるんですか?」

橋本さん「やっぱり難しくて、竹って1年で竹やぶの一番上の高さまで行っちゃうんですよ。かぐや姫の話はそこから生まれたくらい、1年でぐんぐん成長して月に帰っちゃうじゃないですか。1年で10m20m育つので見極めるのってすごく難しいんですけど、皮が1年生だな、とか職人さんに見極め方を教わりながらやってます。

 

おさべ「材料にする竹の種類にもこだわりがあるんですか?」

橋本さん「竹細工にするものはほとんどしなやかで扱いやすいマダケが基本ですが、食べるたけのこみたいなモウソウチクも使うことはあります。ただすごく肉厚で硬くて難しいので、丈夫な持ち手などに使います。竹やぶにも細くて青々とした竹林と、ちょっと白くて太いような竹林など、よく見ると違いがありますね。でも今はなかなかマダケは使う場面が少ないので荒れている竹やぶが多いですね。」

林野庁/主な竹の種類

将来のアルつくに一言

自分が好きなこと、興味があること、わくわくすることを大切にして、なかなか大学にいると関わらないで終わっちゃうような地域の人達と繋がると、予想していなかった繋がりがどんどん増えて自分のやりたいことがそこから見えてきたりもするので、そういう好きなことや身近な繋がりを大切にしてください。」

 

アルつく第4回~障害者支援センター長松島さん「卒業して気付いた、筑波大生の力強さ」~

こんにちは、Damの古畑です!

今回は「アルつく」第4回のゲスト

障害者支援センター未来のセンター長、松島さん!

まずは簡単なプロフィールから

松島寿樹(まつしまとしき)さん

つくば歴:18年

2004年 体育専門学群 卒業

現在、障害者支援センター未来 センター長

出身:大阪府

 

当日は大学時代蹴球部に所属していた松島さんの思い出の場所、「第一サッカー場で収録、といきたいところでしたが、

・ものすごく風が強い

天皇杯予選筑波大学vsつくばFCの試合があるため人が多い

との理由で図書館での収録となりました。

収録日がサッカーの試合と重なるなんて、何かあると思えてなりません…笑

 

生まれの大阪から筑波大学に進学した松島さんのつくば歴は、なんと今年で大阪歴に並んだそうです。

「ま、中身は8割大阪って言われるけどね(笑)」by 松島さん

 

4年間はサッカー中心の生活を送り、練習に明け暮れた日々でした。しっかり自炊をしようと思い、出来るだけコンビニから遠いアパートを借りて住んでいたそうです。

大学まで5分、セブンイレブンまで2分のところに住んでいる僕にとってはやや耳が痛いお話です。

サッカー選手になる夢と同時に、保健体育の学校教員になる目標も持っていた松島さん。

しかし、その年の採用試験の倍率がものすごく高い年で、合格することができなかったそうです。その際、介護等体験でお世話になった筑峯学園でアルバイトをし、後に正式に指導員として就職することになりました。

「元々教員になりたい、という夢も持っていたので、福祉施設で教育的な仕事をしてみるのもいいかな、と思った」

 

現在松島さんがセンター長を務める障害者支援センター未来は、10年ほど前に出来た新しい事業所で、利用者の方々が日中通って仕事をするところなのですが、最初の数年はそういった方々の「仕事を作る仕事」が中心だったとのこと。

山麓の自然豊かな立地条件を活かして、畑で野菜を作ったり、田んぼでお米を作ったり、原木しいたけを作ったり、薪ストーブ用の薪を売ったり…。

「体を動かしてお仕事をすると、夜もぐっすり眠れるので、利用者の方々にとっても生活リズムを整えるのにいいんです。」

卒業後の数年は大学院に進んだ友人とシェアハウスをしており、「仕事をしているんだけど、学生気分も味わいながら生活していた」という松島さん。ただ、その友人が大学院を卒業してつくばを離れてしまったあとは、ひとりぼっちになったような気になって、寂しい思いもしながら仕事を続けていた時期もあったそうです。すると、仕事をしていく中で筑波大学のOBOGの人たちに出会う機会が増え筑波大学に来たことも、つくばで仕事をすることも、良かったなと思う機会が増えた」とのこと。

「全然学生時代繋がりが無くても、筑波大学のOBOGというだけで、心強い味方が一人増えたな、という気分になれる」

ちなみに、前回ゲストの今村さんがぶどう畑を作る際にも施設の皆でお仕事に駆け付けたそうです。

 

「やっぱり筑波大の出身なんだな」と思うポイント

「バイタリティ、行動力があること」。一歩一歩スピード感を持って進んで、失敗しても懲りずに勢いよく進んでいく人が多いそうで、学生時代思いっきり課外活動や研究に打ち込める環境にいた筑波大生ならではの特徴とも言えますね。

 

そんな松島さんですが、今年の4月より筑波大の障害科学の大学院に社会人選抜枠で入学しています。学群生の頃は障害科学についてしっかりと勉強していなかったから、とのことで、「15年ぶりくらいに学生証をいただきました(笑)」と照れくさそうに話してくれました。

「学生時代に勉強しながらピンと来ないことでも、社会人を経てからだとすっと腹に落ちることがある。それも社会人を一度経てから大学院に入るメリットの一つかな。歳を取ると覚えが悪くなるから大変だけど(笑)。若いうちに色々なことを勉強して、30を超えてから後悔しないように、ってのはアドバイスしておきます」

 

将来のアルつくに一言

「今日も、このラジオに出させてもらって現役の学生さんにお会いすると、頑張ってもらいたいな、何か力になれないかな、と感じる。現役学生の頃はそこまでOBOGの先輩方に頼っていいものかなあ、と思うこともあるし、相談するのも迷惑かなあ、と思うこともあったけど、基本的に年齢、学群学類問わず、近隣にいるOBOGは困ってることがあれば何かしら力になりたいな、と思ってるので、どんどん頼ってください!」

 

アルつく第3回~ワイナリー経営者今村さん「やりたいことには全力投球」~

Damの古畑です!

第3回のゲスト

Bee’s Knees Vineyards(ビーズニーズヴィンヤーズ)の今村さん。
まずは簡単な紹介から!

今村ことよ(いまむらことよ)さん

つくば歴:約9(学生時代)+3(戻ってきてから現在まで)年

1996年 第二学群生物学類 卒業

2001年 生命環境科学研究科 修了(理学博士)

その後12年間製薬会社に勤務

退社後、1年間長野県のワイナリーにてブドウ栽培・醸造の修行

現在:Bee’s Knees Vineyards 代表

www.facebook.com

出身:茨城県守谷市

 

パーソナリティが「どこからお聞きしていいのやら…」と困惑するほど、なかなか珍しい経歴をお持ちの今村さん。

 

ご自身が経営するワイナリー「Bee’s Knees Vineyards」は、ブドウ園を表す「Vineyards」と「素晴らしい=excellent」を表す「Bee’s Knees(=蜂の膝)」という造語を組み合わせたなんともオシャレな言葉。

今はワイン醸造に先立ち、ワイン用のブドウを筑波山麓で栽培しているとのこと。

毎日1人で畑に立つ生活、収録当日も、当然ながら畑仕事を終えてから来ていただきました。ありがたい…。

 

学生時代は「人の老化とミトコンドリアというテーマで研究に勤しんでいたそうです。

また、サークル活動にも全力投球、演劇サークル「筑波小劇場」にてお芝居を、軽音楽サークルE.L.Lにてバンド活動をと、忙しく奔走していたそうです。

 

卒業後は研究員として製薬会社に就職。軟骨細胞についての研究を行っていたそうです。

 

それにしても、学生時代から人の体について研究し、製薬会社に就職した今村さん、なぜワイナリー経営という道へ進まれたのでしょうか…。

「一言で言うと私がすごく酒が好きだということに尽きます」(今村さん)

なんとも潔い…。

夜お酒を飲んでも電車で帰れる東京の地の利を生かして「飲み歩いていた」今村さん。2006年くらいからワインの魅力に取り憑かれ、猛勉強の末ソムリエと同程度の知識がいると言われるワインエキスパートの資格を取得したそうです。

あらゆる国々で作られ、ご当地の食べ物ともよく合うことから、「日本にいながら世界中を旅している気分になれるのがワインの良さ」と今村さん。

 

会社では楽しく働いていながらも、キャリアを積むに連れて実務が中心になり、自分が好きなサイエンスに関する仕事が減っていくことになんとなく寂しさを感じるようになったそうです。

1年間、長野県のワイナリーに通って勉強を積み、一念発起して退社するに至った今村さん。

旦那様に相談したところ、なんと全く反対されなかったどころか、

「やりたいことがあるのに、やらないってのは意味がわからない」

という力強い一言で背中を押してもらったそうです。理解の深さに感嘆を隠せませんね…。というのも、月に1,2回長野県に通う謎の行動を見て、なんとなく異変には気づいていたそうです。

 

ブドウ栽培には植物生理学的な側面や土壌学的側面、気候微生物学など、フィールドサイエンスに近い要素がたくさん詰まっており、自分の考える理論を実践し、消費者に伝える面白い取り組みが出来るのではないか、と今村さんは仰っていました。

筑波山麓にはイタリアのサルデーニャ島ドイツのアルザス地方のように、ブドウ栽培に適した花崗岩土壌が豊富にあるそうです。

そんな土地で一体どんなワインが出来上がるのでしょうか…楽しみです。

 

今村さんの取り組みが昨年実を結び、やっとラベル付きのボトルに自作のワインが詰まった状態となりました。

今村さんが考えるつくばの魅力

実家が守谷ということもあり、実は茨城に留まりたかったという今村さん。

というのも9年間つくばにいて、その期間がすごく楽しかったそうです。

「東京よりも下手をすると、車があればどこでも行けるつくばの方が便利だと感じる。広々とした街並み、道が広くて、まっすぐで、アメリカみたい。開放的で気持ちが大らかになる。」(今村さん談)

もともと「つくばに戻りたい」という思いはあったそうですが、まさかこんなに早く戻ってくるとは、ご本人も思っていなかったことでしょう。

 

将来の「アルつく」への一言

「勉強も手を抜かずにやり、サークルも時間を取られる軽音楽、お芝居に全力投球した。そうしたことが一切無駄にならない若いんだから余力を気にせずやることが必ずあなたの財産になります。

また、つくばは人と人との距離が近いので、密なコミュニケーションをたくさん取ることが出来る。卒業後に筑波大卒業生との繋がりが新たに生まれるパターンもたくさんある。その日のためにも、色んな人と出会い、色んな人と話をして、楽しいことを共有することがきっと財産になる。」

 

そういった楽しい思い出が、今村さんをつくばに引き戻したのですね。

 

<パーソナリティより>

パーソナリティの長部です。学生時代も現在も、好きなことに真っすぐな今村さんはとても格好いいです。特に、ワイナリー経営のために長く勤めていた製薬会社を抜けたことにはすごく驚きました。そういう道もあるのだなあ……。好きなことへの真摯さ、やりたいことへのとてつもないパッション、私も見習いたいです。



次回は筑峯学園自立支援センター未来の松島さんについての記事です。お楽しみに。

他己紹介させてください!②

こんにちは。

前回の他己紹介であべくんから愛のある(?)紹介をいただきました。代表のふるはたです。

 

さて、今回ご紹介させていただくのは、押しも押されぬ僕の右腕、副代表のいしやまくんです!

 

まずは簡単なプロフィールから

名前:石山ともたか

出身:神奈川

所属:人文・文化学群比較文化学類3年

趣味:お笑い、サッカー観戦

※写真は彼が当時1年生、華麗な大学デビューを飾った(?)やどかり祭の時の写真

 

彼はDamの副代表だけでなく、体育会フィールドホッケー部の主将を務めており、また海外インターンシップの企画・運営をしているNPO団体「アイセック」筑波大学委員会にも所属しているパワフルボーイです。

 

また、お笑いに対する熱い情熱を持ち、卓越したお笑い論から、見る側が誰も想像出来ない大喜利の回答を生み出している(らしい)んです。

Twitterで展開されているJリーグ批評も見応えがあります。

一方で、ユングを「ユリ・ゲラー」のニックネームだと思い込んでレポートを書く奇想天外さや、「絶対俺がナンバーワンだ!」と豪語する山手線ゲームで瞬殺されるお茶目な一面も彼が愛されるゆえんです。

ちなみにどんなお題のゲームかどうかはご想像にお任せします。

 

そんな彼が、Damの一員になってくれたのにはどんな想いがあったのでしょうか。。。

 

古畑「じゃあさっそくインタビューを進めていくよ。石山はお笑いが好きってことだけど、最近「来てるな~」と思う芸人さんは誰?」

石山「今は、ジェラードンですね!トリオなんですけど色々器用でコントも面白くて強烈で、なんで、評価されないのかが不思議!!

townwork.net

番組では、にちようチャップリンが好きです。ひたすらお笑いなんですけど、面白いです。」

「なるほどなるほど。爆笑問題の番組とかに出てるのを観たことあるな。にちようチャップリンはたまに観るよ。ネタ番組減ったって言われてたけど、最近徐々に増えてきたよね。

高校時代はサッカー部で、今はフィールドホッケーの主将をやってるスポーツマンの石山だけど、最近サッカー日本代表の監督が変わったよね?あれについてはどう思う?」

「うーん、まぁ、賛否両論あるとは思うんですけど、例えばここでいい結果を残しちゃうとこれからの日本の歴史『結果悪くなったら途中で解任すればいいって』成ると思うんですよ。それが心配です。」

「確かにそれは心配だね。しがらみもあんまり無い外様の外国人監督だからってこともあるのかなあ。それではこのへんで…」

ちょっと!関係ない話ばかりじゃないですか!もっとDamに踏み込んだ話振ってくださいよ」

「ごめんごめん。石山は何でこの団体に参加しようと思ったの?」

「はい、やっぱり自分の中の価値観として『がんばっている誰かの力になりたい!』っていう気持ちがあります。そこには、自分にとって利益がなくてもですね。そんな中、声をかけてもらって、頑張っているひとを応援して、何かを得たいって思いました」

「頑張っている人を応援かあ。なかなか漠然としてるけど、頑張っている人が報われてほしいってのはオレも同感。頑張っている人が報われるために、「寄付の文化」ってのが機能したら良いね。最後にすごく初歩的な話だけど、どうして筑波大学を選んだの?」

「古畑さんに憧れてです!」

「おっ」

「いや、冗談です。僕は、お笑いのことを勉強したいなって思っていました。お笑いって複雑な文化で、宗教だったり、文学だったり色々な視点から見れると思います。そういったように、色々な文化を視点から多角的に学べる比較文化学類を選びました!」

「…そうなんだ。自由なことを真剣に突き詰めて考えられるのが良いところだよね。そんな大学を選ぶ石山みたいな人が伸び伸びと研究できる大学であり続けたら良いなあ。これから一緒に頑張っていこうね!」

 

以上、いしやまくんの他己紹介でした!

❝Everyday Tsukuba Project❞始動!!!

この度、同窓交流研究会Damでは、T-ACT企画として

❝Everyday Tsukuba Project❞

~写真で辿る筑波大学~

というプロジェクトを開始することになりました!

 

「T-ACTとは??」というOBOGさんのために…

www.t-act.tsukuba.ac.jp

 

Everyday Project とは…

今年3月9日のNewsweek日本版(Web版)に、以下のような記事が掲載された。

www.newsweekjapan.jp

スマートフォンSNS――とりわけインスタグラム――の登場以来、写真の力が増しているように思える。距離も時間も超え、写真がメッセージを伝え、共感を呼ぶ。インスタグラムに投稿された、遠い異国で見知らぬ誰かが撮った写真に、私たちは「いいね!」を押す。

そんな時代に生まれたのが、Everyday Africaというムーブメントだった。2012年、共にジャーナリストであり、西アフリカで米政府系ボランティア団体「平和部隊」に参加もしていたピーター・ディカンポとオースティン・メリルが作った1つのインスタグラム・アカウントから、このムーブメントは始まった。

アフリカの「普通の人々の生活」はどういうものかを伝えるEveryday Africaには、これまでにアフリカの写真家たちから4300点以上の写真が投稿され、フォロワーは現在37万人を超えている。昨年、写真集にもなった。

Everyday Africaはこれまでに、同じコンセプトのプロジェクトを他にいくつも誘発している。Everyday Middle EastEveryday AsiaEveryday IranEveryday USAEveryday DPRK北朝鮮)......。

インスタグラムのEveryday Africaから始まったEverydayプロジェクトは、日常を通してステレオタイプでない人々の生活と物語を伝えていくもの。各国の「観光局推薦」的でない写真を中心にしたドキュメントだ。

 

これを使って同窓交流できるんじゃないか???

記事を見て、Dam代表の私はふと思いつく節がありました。

 

東京都にある筑波大学の同窓会「東京茗渓会」が毎月行っている

「茗渓・筑波大学産業人会

にて、当時3年生だった私がフォトレポートをする機会があったのですが、何気ない筑波大学周辺の写真を見せるだけで、それを聴いていたOBOGの方々から予想以上のリアクションが返ってきました。

第26回茗渓・筑波大学産業人会報告 | 茗渓会

中央図書館スタバの写真を見せれば
「ここ昔新聞置いてあったとこだよね!知ってる?」

追越宿舎の中庭の写真を見せれば
「ここで手叩くと反響するんだよね!」

当時閉店が決まった老舗の定食屋の写真を見せれば
「えっ、この店閉まっちゃうの…」

 

僕たちにとっての日常的な空間は、昔の筑波大生にとって非日常的な空間になっていて、逆に僕たちにとって非日常的とも言えるような空間で昔の筑波大生は日常を過ごしていた…。

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今の学生にとっての薬局が、学生たちの憩いの場である書店だった時代もあった。。。

 

普段生活しているだけでは分からないこんなことが、たった1枚の写真を見るだけで目の前に現れる。これは面白い!!!

 

しかも、卒業したっきり大学を訪れていないOBOG、普段の社会生活では大学の頃の思い出をいちいち振り返ったり、今の大学について目にしたりすることがほとんどないOBOGが、写真を見ることによって

「今こんな風になってるのか」

「あ~ここで昔よく待ち合わせしたな…」

心理的な里帰り”をすることができる。

さらに、

「久しぶりに学祭にでも行ってみようかな」

なんていう物理的な里帰りを誘発できればなあ~という野望も少しあります。

 

ということで、

「様々な年代の筑波大学や大学周辺の写真を集め、投稿するInstagramアカウントの開設」

がこの企画のメイントピックであります。

最後には展覧会を開いて終わろうかとも思っています。

 

少しでも面白い!!と思った学生は是非ご連絡を!

また、「使えそうな写真持ってるよ!」というOBOGの皆様、是非是非ご連絡ください!!

Facebookのコメント、または以下のフォームにて受け付けております。

goo.gl

『アルつく』第2回~筑波山を巡る知の探究者・野末さん~

Damの古畑です!

先日の15日『アルつく』の第2回が放送されました!

 

ゲストは結エディットの野末さん!まずはプロフィールから

野末琢二(のずえたくじ)さん

つくば歴:36年

1983年 第一学群人文学類 卒業

専攻はギリシア哲学

卒業後、一度つくばを離れて、科学万博後の1986年にご夫人とともにUターン

現在:有限会社結エディット代表取締役社長

出身:静岡県浜松市

 

卒業後、コピーライターになろうとしていた野末さん。色々なことを頼まれ、こなしていくうちにいつのまにか出版社の社長になっていたそうです。普段は出版業のほか、コンサルティングのようなこともしているとのこと。

 

収録場所は「ゲストの想い出の場所やお気に入りの場所」

ということで、「研究学園都市からは全く想像できない、別世界」な筑波山を体感してほしかったと、筑波山梅林まで僕たちを連れてってくださいました。

自ら用意できるものが何もないために、ライフラインが断たれたら暮らせなくなってしまうことが東京の弱点であると、3.11の時、新宿で被災した野末さんは痛感したそうです。

対して、物質的な豊かさを保っていることが筑波山の魅力だと、野末さんは言います。

 

山麓に車を停め、江戸時代の参詣道である「つくば道」を通って梅林まで歩きました。

つくば道:寛永3(1626)年、3代将軍徳川家光によって中禅寺(現在の筑波山神社)の堂社を一新する工事を行うための資材運搬路として整備された。中禅寺は、徳川家康が「鬼門の守り」として筑波山を崇めていたため、祈願所に定められていた。後に参詣道となり、江戸方面から多くの人々が筑波山を訪れた。
http://www.tsukuba-hojo.jp/03historic_spot.phpより

 

 

参詣道は沢音が清らかに流れ、まるで時間が止まったようなのどかな空間と、雑多な生活感が絶妙に混在していて、言葉では言い表せない趣深さがありました。(うまく説明できないので一度散歩してみることをおすすめします!)

筑波山郵便局。昭和10年代~50年代頃まで使われていた。

 

続いて、番組の中で野末さんが語っていた「歌垣」について少し解説を。

以下、野末さんが註として書き起こしてくれた「歌垣」についてです。

 

うた がき 【うたがき】
歌垣は、国文学的な解釈、つまり『古事記』や『万葉集』による文字解釈が中心できた。

それはいまでも大勢を占めていて、深く読まないで「男女が歌を戦わせて、男女が一夜をともにする」というような近代的な価値観、つまり刷り込みから脱しきれれいない。

その最たるものが、万葉歌人の髙橋虫麻呂で、中央(大和朝廷)から派遣された官僚が、はるばる東国までやってきて、
「ああここがあの歌垣のあるといわれる筑波山か、ぜひ愛しいあの娘と添い寝したいものだ」
と頭のなかでこしらえた歌を詠んでいる。

虫麻呂の時代ですら、近代の「自由恋愛」への憧れというフィルターがかかってしまっていて、その意味で、 古代はすでに近代につながっていて、 折口信夫が古代を界に、<前古代>と<古代以降>と分けたのは理にかなっている。

 

このフィルターを取り除いたのが、たとえば民族学だ。

1970~80年代の「照葉樹林帯」という植生帯を基底にした上山春平や佐々木高明らのフィールド調査で、茶や納豆、藍染めなどの共通文化が浮かび上がった。

さらに、1990~2000年代に、ぺー族などの中国少数民族歌垣を記録文責した工藤隆らの研究により、映像として歌垣の採録が行われ、そこからさらに編集される文字化以前の唄い継がれてきた『古事記』の生き生きとした時空が浮かび上がった。

 

*1

 

 

 歌垣の伝承地については、中腹から山麓まで数か所にありますが、男体と女体という男女を一対とする山の形が、豊穣への信仰につながり、その山の形を下から眺められる場所だったのでしょう。

この様子は8世紀の記録文献『常陸国風土記』に記されており、歌の贈答の最後に婚姻の贈り物が貰えない者は我が子とは認めない、という諺もありました。

これは、男女の婚姻が神前で承認されることの起源のようなものを感じさせます。そういえば、今でも結婚する際には神社などで、お互いの愛を神様の前で誓ったりしますよね。

こうした風習は筑波山以外でも行われており、それはイザナミイザナギが結婚の儀礼においてお互いに愛の言葉を掛け合っていることを由来にしているとも言われています。折口信夫は、この歌垣を、「歌の発生」と考えたんですね。

参考:辰巳正明『折口信夫アジア文化と日本学の成立』笠間書院,2007年

 

さて、なんのブログかわからなくなってきたところで、なかなか野末さんに名前を覚えてもらえなかったパーソナリティからのコメントです。

 

あまりにも間違えられるので本気で「長谷部」に改名しようかと悩んでいるパーソナリティの長部(おさべ)です!

かねてから行きたいと思っていた筑波山にいけました、ありがたい~!のどかな雰囲気での収録、とても楽しかったです。

筑波山の開放的でゆったりした空気に触れ、普段の自分は思ったより窮屈に生きているのだなあと気づきました。定期的に登山しにいきたいです。

野末さんのお話もあってとても贅沢な時間でした。途中の休憩所で頂いた梅茶がとても美味しかったです。

 

帰りには、大正時代に使われていた旧北条郵便局を再利用したカフェ「ポステン」でお茶をしていきました。

“映え”ですね。

 

歴史的、文化的、気候的、そして行楽的な筑波山の魅力を堪能できた収録となりました。

 

「公務員宿舎の取り壊し辺りから、つくばにも劇的な変化が訪れた」と語る野末さん。旧西武デパートにはかつて映画館があり、文化的にも学園都市の中心地だったそうです。もちろん僕も初めて聞く話でしたし、入学した頃には既に西武が無かった長部にとってはまるで馴染みのない話でした。

「そういう時代があったってことを考えると…」

野末さんは最後に、寂しそうにそうつぶやきました。

移り変わりの激しいつくばに長い間住んでいるからこそ、変わらない筑波山が一層心安らぐ場に感じられるのでしょうね。

 

次回は、野末さんと同じく筑波山の魅力に気づき、山麓でワイナリーを営んでいる今村ことよさんの記事です!


アルつく~Alumni in Tsukuba~第2回

*1:照葉樹林文化』(1969年、上山春平、中公新書

照葉樹林文化の道-ブータン雲南から日本へ』(1982年、佐々木高明、NHKブックス

古事記の起源-新しい古代像をもとめて』(2006年、工藤隆、中公新書) 
※工藤隆の歌垣のフィールド調査の画像などは工藤のホームページで閲覧可能
http://himiko.la.coocan.jp/sub05.html
※野末さんが読んでいる変な本は「ブクログ」で参照可
https://booklog.jp/users/takujinozue

他己紹介させてください!① 

みなさん初めまして!

安部(あべ)と申します!僕の紹介は後程ということで今回からリレー形式でDamメンバーの他己紹介(兼インタビュー)を始めていきたいと思います!

 

ふざけ倒したいけど…最初なので…真面目にやります…

 

トップで紹介する方はやっぱりサークルのトップですよね!

 

ということで今回ご紹介するのは我がサークルの会長【古畑 翼さん】です

 

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ざっと彼のプロフィールを…

名前:古畑 翼(ふるはた つばさ) あだ名は「ばっさー」

出身:長野県(カラオケに行くと「信濃の国」を歌うよ)

所属:人文・文化学群比較文化学類4年

趣味:野球観戦(中日ファン)、アニメを観る等々

備考:残念系イケメン(誉め言葉)

こんなかんじですかね?

 

残念系イケメン(←ここ重要テストに出る)の古畑さん。大学で文武両道・八面六臂の活躍をして大学生活謳歌中です!僕と違って青春真っ盛りですね

リア充っぷりはすごいですよ…爆発すればいいのに…

とにかく大学生活では色々な学生組織でリーダーシップを発揮してみんなを引っ張ってくれてるそうです!

 

そんな古畑さんのサークルにかける熱い思いをインタビューしてきました↓

 

安部「このサークルを作ったきっかけは?」

古畑筑波大学同窓会である『茗溪会』の事務所でアルバイトをしていく中で、OBの人たちとのかかわりを通してOBの人と学生がつながっていくことが大学の発展につながると気づき、それを学生の力で活発化したいと思ったからだね。」

  「なるほど。サークルを始めて2か月になりますがぶっちゃけ全体としての印象は?」

面白い人たちが多いなぁって…(笑)。」

「(´-`).。oO(その言葉そのまま先輩にお返しします)」

「ただ、自分は『茗溪会』で普段からOBとの関わりがあったが、他のメンバーにとってOBはあまり身近な存在ではなかった。

最初はそのギャップがあったんだけど、2か月やってみてメンバーの中にもOBと交流していくという意識が芽生え、みんなの面白いアイデアなどがでてくるようになったから良かったなぁって(笑)。」

「自分もこの前初めて茗溪会の事業のボランティアをやってOBとのつながりを実感しました」

「それと(良い意味で)変な人が多いのも、好きなこと、興味のあることに没頭できる筑波大学ならではの特徴だから、そういう環境で育ったOBと、現役学生が関わる機会が増えていくなかで、どんな化学反応が生まれるかという楽しみはあるかな。」

「なるほど」

「じゃあ最後にサークルの代表として最高学年として来年度への抱負を一言」

最高学年だからってふんぞり返らず妥協もせず一年生のときの初々しさを忘れずに毎日を過ごしたい。

「長野から上京して3年で古畑さん都会に染まって初々しさとはかけ離れてますもんねw」

「うるさいわ(笑)」

「さーせんw」

 

字数に限りがあるのでインタビューの中で一部抜粋してお伝えしました

(古畑さんのプライベートの部分を暴けなくて残念です…)

もっと彼の人となりに興味がある方のために活動を通して徐々に彼のベールをはがしていくので楽しみにしていてください(笑)

 

以上、古畑さんへの他己紹介兼インタビューでした~!

これからどんどんメンバーの紹介をしていくので楽しみにしていてください~ノシ

同窓交流研究会Damではメンバーを随時募集しています。

興味のある方は taeg.dam@gmail.com までご連絡をお願いします。