Dam~Diary of alumni's memory~

筑波大学同窓交流研究会Damによるブログです。

『アルつく』第2回~筑波山を巡る知の探究者・野末さん~

Damの古畑です!

先日の15日『アルつく』の第2回が放送されました!

 

ゲストは結エディットの野末さん!まずはプロフィールから

野末琢二(のずえたくじ)さん

つくば歴:36年

1983年 第一学群人文学類 卒業

専攻はギリシア哲学

卒業後、一度つくばを離れて、科学万博後の1986年にご夫人とともにUターン

現在:有限会社結エディット代表取締役社長

出身:静岡県浜松市

 

卒業後、コピーライターになろうとしていた野末さん。色々なことを頼まれ、こなしていくうちにいつのまにか出版社の社長になっていたそうです。普段は出版業のほか、コンサルティングのようなこともしているとのこと。

 

収録場所は「ゲストの想い出の場所やお気に入りの場所」

ということで、「研究学園都市からは全く想像できない、別世界」な筑波山を体感してほしかったと、筑波山梅林まで僕たちを連れてってくださいました。

自ら用意できるものが何もないために、ライフラインが断たれたら暮らせなくなってしまうことが東京の弱点であると、3.11の時、新宿で被災した野末さんは痛感したそうです。

対して、物質的な豊かさを保っていることが筑波山の魅力だと、野末さんは言います。

 

山麓に車を停め、江戸時代の参詣道である「つくば道」を通って梅林まで歩きました。

つくば道:寛永3(1626)年、3代将軍徳川家光によって中禅寺(現在の筑波山神社)の堂社を一新する工事を行うための資材運搬路として整備された。中禅寺は、徳川家康が「鬼門の守り」として筑波山を崇めていたため、祈願所に定められていた。後に参詣道となり、江戸方面から多くの人々が筑波山を訪れた。
http://www.tsukuba-hojo.jp/03historic_spot.phpより

 

 

参詣道は沢音が清らかに流れ、まるで時間が止まったようなのどかな空間と、雑多な生活感が絶妙に混在していて、言葉では言い表せない趣深さがありました。(うまく説明できないので一度散歩してみることをおすすめします!)

筑波山郵便局。昭和10年代~50年代頃まで使われていた。

 

続いて、番組の中で野末さんが語っていた「歌垣」について少し解説を。

以下、野末さんが註として書き起こしてくれた「歌垣」についてです。

 

うた がき 【うたがき】
歌垣は、国文学的な解釈、つまり『古事記』や『万葉集』による文字解釈が中心できた。

それはいまでも大勢を占めていて、深く読まないで「男女が歌を戦わせて、男女が一夜をともにする」というような近代的な価値観、つまり刷り込みから脱しきれれいない。

その最たるものが、万葉歌人の髙橋虫麻呂で、中央(大和朝廷)から派遣された官僚が、はるばる東国までやってきて、
「ああここがあの歌垣のあるといわれる筑波山か、ぜひ愛しいあの娘と添い寝したいものだ」
と頭のなかでこしらえた歌を詠んでいる。

虫麻呂の時代ですら、近代の「自由恋愛」への憧れというフィルターがかかってしまっていて、その意味で、 古代はすでに近代につながっていて、 折口信夫が古代を界に、<前古代>と<古代以降>と分けたのは理にかなっている。

 

このフィルターを取り除いたのが、たとえば民族学だ。

1970~80年代の「照葉樹林帯」という植生帯を基底にした上山春平や佐々木高明らのフィールド調査で、茶や納豆、藍染めなどの共通文化が浮かび上がった。

さらに、1990~2000年代に、ぺー族などの中国少数民族歌垣を記録文責した工藤隆らの研究により、映像として歌垣の採録が行われ、そこからさらに編集される文字化以前の唄い継がれてきた『古事記』の生き生きとした時空が浮かび上がった。

 

*1

 

 

 歌垣の伝承地については、中腹から山麓まで数か所にありますが、男体と女体という男女を一対とする山の形が、豊穣への信仰につながり、その山の形を下から眺められる場所だったのでしょう。

この様子は8世紀の記録文献『常陸国風土記』に記されており、歌の贈答の最後に婚姻の贈り物が貰えない者は我が子とは認めない、という諺もありました。

これは、男女の婚姻が神前で承認されることの起源のようなものを感じさせます。そういえば、今でも結婚する際には神社などで、お互いの愛を神様の前で誓ったりしますよね。

こうした風習は筑波山以外でも行われており、それはイザナミイザナギが結婚の儀礼においてお互いに愛の言葉を掛け合っていることを由来にしているとも言われています。折口信夫は、この歌垣を、「歌の発生」と考えたんですね。

参考:辰巳正明『折口信夫アジア文化と日本学の成立』笠間書院,2007年

 

さて、なんのブログかわからなくなってきたところで、なかなか野末さんに名前を覚えてもらえなかったパーソナリティからのコメントです。

 

あまりにも間違えられるので本気で「長谷部」に改名しようかと悩んでいるパーソナリティの長部(おさべ)です!

かねてから行きたいと思っていた筑波山にいけました、ありがたい~!のどかな雰囲気での収録、とても楽しかったです。

筑波山の開放的でゆったりした空気に触れ、普段の自分は思ったより窮屈に生きているのだなあと気づきました。定期的に登山しにいきたいです。

野末さんのお話もあってとても贅沢な時間でした。途中の休憩所で頂いた梅茶がとても美味しかったです。

 

帰りには、大正時代に使われていた旧北条郵便局を再利用したカフェ「ポステン」でお茶をしていきました。

“映え”ですね。

 

歴史的、文化的、気候的、そして行楽的な筑波山の魅力を堪能できた収録となりました。

 

「公務員宿舎の取り壊し辺りから、つくばにも劇的な変化が訪れた」と語る野末さん。旧西武デパートにはかつて映画館があり、文化的にも学園都市の中心地だったそうです。もちろん僕も初めて聞く話でしたし、入学した頃には既に西武が無かった長部にとってはまるで馴染みのない話でした。

「そういう時代があったってことを考えると…」

野末さんは最後に、寂しそうにそうつぶやきました。

移り変わりの激しいつくばに長い間住んでいるからこそ、変わらない筑波山が一層心安らぐ場に感じられるのでしょうね。

 

次回は、野末さんと同じく筑波山の魅力に気づき、山麓でワイナリーを営んでいる今村ことよさんの記事です!


アルつく~Alumni in Tsukuba~第2回

*1:照葉樹林文化』(1969年、上山春平、中公新書

照葉樹林文化の道-ブータン雲南から日本へ』(1982年、佐々木高明、NHKブックス

古事記の起源-新しい古代像をもとめて』(2006年、工藤隆、中公新書) 
※工藤隆の歌垣のフィールド調査の画像などは工藤のホームページで閲覧可能
http://himiko.la.coocan.jp/sub05.html
※野末さんが読んでいる変な本は「ブクログ」で参照可
https://booklog.jp/users/takujinozue

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